今年の新卒新入社員は全国でおよそ39万人と聞き及んでいる。
そのウン万分の一の若人たちへの新入社員研修をこの4月、僕は重点的に取り組んでいる。
新社会人として求められる「仕事への取り組み姿勢と心構え」、「必要とされる最低限のビジネスマナー」、「企業人として必要なコンプライアンスや基本的なビジネス知識」等々。
しかし、もっとも大切なことは、「新社会人、ビジネスパーソンとしての意識の持ち方」である。
新入社員たちを5~6名のチームに分け、そのチームで日替わりでリーダーを自分たちで選出するようにして研修を行っている。
特に、ここ数年は一貫して「自ら感じ取り、自ら考え、自ら動く」を新入社員研修の大目的にしている。
過去もそうだったのかも知れないが、我が社を23年前に設立以来、様々な企業の新入社員研修に取り組んできたが、ここ数年は特に受け身的な若者たちが増えているように思う
「メモを取りなさい!」と指示しなければ、講師の話を聞くだけ、あるいは、ディスカッションをさせると、まず最初に新入社員たちが行うことは、一斉にワークシートに自分の考え、意見を書き、それを個々が発表し、それを並列的に書き出し、まとめていくという進め方で、意見のぶつかり合いもなければ、意見が飛び交うことも少ない、実に静かなディスカッションとなる。
なぜそうなの?と問いかけると学校時代はそのようにやって来たし、そう指導されたという。
言い換えれば、実に大人しく静かな若者たちである。
でも社会は大人しく、静かに、受け身でいてもやっていいけるような甘いものではないよ。
自己を表現しなければ、チャンスはつくれないことを研修を通じて醸成していくことに力を注いで取り組んでいる。
そのような中、新入社員A君(以降、A君と呼ばせていただく)のことで、僕は若者たちの力を再発見する出来事があった。
A君は、内定者研修、新入社員研修の第一クールを通じて問題がある新入社員だった。
研修中は講師の顔を見ず、ひたすらうつむき加減の姿勢で椅子に固まったかのように座っていることが殆どだ。
休憩時間も1人きりになり、他の新入社員との交流も少ないというより、殆ど無いようだ。
研修中も講師に指名されない限り、挙手はまず行わない。
従って、ディスカッションの場に於いては、完全に沈黙状態のA君だ。
研修初日の後半の休憩時間にA君を読んで「研修はどうだい?何だか楽しくないように見えるが、どうなの?A君の気持ちを聞かせて欲しい」と尋ねた。
A君は、黙って自分の足元を見つめて応えようとしない。
30秒、1分、2分と時間が過ぎていく。
ひたすら沈黙が続く。
これでは埒が明かない、さすがに僕もやや苛立ちながらも話題を変えた。
「A君は休日はどんなことをして過ごすのかな?」
すると、聞き取れないほどの小さな声で何かを話した。
やっと声が出た瞬間だった。
「え!何?」と聞き返すと「ゲームをしてます…・」である。
「へ~ゲームなんだ。どんなゲーム?」少し沈黙があって「進撃の巨人です…」
「あ~名前は知っているよ。ハマってんの?」
「はい」
「人と話すのは好き?」と改めて問いかけると「好きじゃないです」
「そうなんだ。ところでA君の隣に座っていいるB君と話したことはある?」
「いいえ!ありません」
「そうか、あ!休憩時間が無くなってしまうね、もういいよ!ありがとう。」
ホッとした顔で席に戻って行くA君を見ながら思うことはひとつ。
…さて、困った。このままでは、本人はもとより、他のチームメンバーにも悪い影響があるなぁ。
翌朝のことである。
A君が属しているチームの新人女性B嬢が自習時間におずおずとやって来て「先生、ご相談があります」何だか思いつめた表情だった。
「私たちのチームのA君のことです。先生もご存知のように彼はチームの仲間とも話をせず、ディスカッションにも加わっていません。そのため私たちはとてもストレスを感じていて、とうとう昨日の研修が終わった後、私がチームを代表してA君に話をしました。
このままではよくない、A君はどういうつもりでこの研修に参加しているのか、聞かせてください」
彼ら彼女らも同じように感じていたのである。
「彼から出た言葉は『スミマセン!』だけだったので、誤って欲しい訳じゃない。一緒に学んでいきたいから話しているの!わかってちょうだい」
B嬢から涙がこぼれた。
「先生、私は余計なことをしたんでしょうか!?」
「どうすればいいのか、教えてください!」
そのひたむきな言葉は貴重だった。
「Bさん、よくA君に話をしてくれたね。それでいいんだ。彼に気を使って我慢をしていても良くないし、と言って責めても意味はないし、Bさんのように正直に思っていることを素直に伝えることが一番だと思うよ」
「A君も内心では考えていると思う、このままではダメだということが一番気がついているんじゃないかなぁ」
「彼の行動を変えるきっかけが必要だと思う。君たちで話し合いながら『きっかけ』をつくって何かやってみてはどうかな。Bさんの昨日の言葉が最初のきっかけだよ。今日、二つ目のきっかけをつくってみてはどう!?」
「じゃ、先生、私の昨日のことは良かったんですね!」
「そうだよ!よくやってくれた。僕こそ感謝だよ」
B嬢の顔がパーと輝いた一瞬だった。
そして、研修の午後のことだった。
あるディスカッションテーマをチームでディスカッションしてまとめ上げ、チームの代表が皆の前で発表するプログラムでのことだ。
いよいよA君のチームが発表する番となった。
私が「それではCチームの発表です。代表は前に!」と声をかけると、その日のチームリーダーのF君とあのA君が登場した。
僕も含めて、研修室の空気が固まったような雰囲気になった。
「Cチームの発表は、進め方からどうしても2人でやりたいのでA君と共に出てきました。寺岡先生、よろしいですか!?」
「いいでしょう!」と私。
そして、それからの二人での発表、言い換えればプレゼンテーションは見事なものでした。
パネルの両サイドの右側にF君が立ち、左手にはA君が立ち、プレゼンテーションがスタート。
直前のA君はいつものようにうつむき加減の姿勢で前に立ち、自信なげに見えました。
どうなるんだろう?僕だけでなく受講している新入社員全員の思いだったと思います。
最初にF君が話し始めました。
「私たちのチームではこのテーマで話し合いましたが、最初は『A君、どんな雰囲気だった?』」
A君「テーマの理解に僕を中心に理解の差があったので、発言が少なかったです」
F君「そうだったよね!そこでA君が何て言ったんだっけ?」
A君「間違っているかもしれないけど、○○が大切だと思います、と言いました」
F君「そしたら、みんなは何て言ったんだっけ?」
A君「俺もそう思う、とか、いや俺はこう思うとか…」
F君「そう言った議論をしながら、この内容をまとめたのです。A君、結論は何だ?」
A君「結論は…」
まるで、掛け合い漫才のようなテンポで行われるプレゼンテーションに僕も他の新入社員たちも引き込まれていったのは言うまでもない。
プレゼンテーションが終わると、全員から惜しみない拍手が。
その盛大な拍手の中で顔を紅く染めたA君の表情が輝いていたように見えた。
僕は「F君、A君、素晴らしいプレゼンテーションでした。感動しました。いったい誰がこのようなプレゼンテーションを考えたの?」
F君「言いだしっぺはBさんです。ディスカッションの大半はどのようにプレゼンすればいいか、を話し合いました。内容がまとまったときにチームのD君が『掛け合い漫才風にやれば、分かりやすいし、やり易いのでは』と提案してくれたのです」
D君の話し方は『掛け合い漫才でのボケと突っ込み』的に自然体で出来ると思う、ということでこのようなプレゼンになりました」
素晴らしいチームワークです。
彼らはA君のキャラクターを素直に受け入れ、A君の個性を最大限に生かしたのです。
結果としてA君の声や態度は大きくは変わらないけど、明らかに真剣に講師の話を聞くようになり、ディスカッションでの姿勢は変化しました。
新入社員は自分たちできっかけを創り出し、結果としてチームワークを通じて仲間を誕生させたんだと思います。
新入社員研修第一週、僕は彼ら、彼女らに教えられました。
「自ら感じ取り、自ら考え、自ら動く」を実践し、仲間をつくったのです。
巣立ちの春です。
了