弱き者、それは人

それは11月19日、月曜日の夜8時頃だった。

珍しく早めに帰宅した僕は、ひと風呂浴びて家内の手作りの夕食を囲み、リビングでゆったりとTVを見ていたときだった。

突然TVの画面にニュース速報のテロップが流れた。

何事ならん、と画面に注目したら、「日産会長カルロスゴーン地検特捜部で取り調べ中、容疑固まり次第、有価証券報告書虚偽記載で逮捕へ」

青天の霹靂とは、このことか!

その後の経過は連日伝えられるように次々と明らかになっているので省くが、巷やビジネスマンの中での話題は尽きない。

思えば19年前、倒産寸前の日産をあっという間に立て直した手腕に畏敬の念を抱いたものだ。

たまたま拙宅のご近所に当時、日産にお勤めの方がいらして、数年後に当時の話を聞く機会があり、あの「日産リバイバルプラン」をゴーン氏が幹部社員を前にプレゼンをしたときのことをお聞きした。

その方、曰く「正直、壇上に上がったゴーン氏を初めて見たとき、外国人に頼まなければ立ち直れない自分たちの不甲斐なさ、そして一方では日本語もわからないで立て直しなど出来っこない、という気持ちがない交ぜになっていました。するとゴーン氏は日本語で語り出したのです。

『みなさん、日産は復活します。この日産リバイバルプランがそうです。でもみなさんの力無くして実現できません。私は、みなさんと一緒に力を合わせて日産を復活させたいのです。』

会場の雰囲気が変わりました。ゴーンの力強い言葉が私の胸に響いてきました。すると誰かが拍手を始めたのです。その拍手は徐々に会場内に拡がっていきました。私も自然に拍手をしていたのです。私の心が言っていました。変わる、変わることができる、俺たちの日産を復活させる、子供たちに自慢できる会社、日産は必ず実現できる」

たまたま僕の娘とその方の娘さんが共に同じ小学校の同級生ということもあって、これまで挨拶を交わす程度のおつきあいだったが、熱っぽく語られる姿に共感を覚えたものである。

僕は昨年の新入社員研修で日経新聞の元旦から一か月連載された「私の履歴書“カルロスゴーン”」を教材にして、チャレンジャーゴーンのビジネス人生を学ばせた。

そのときの若者たちの意見、感想はこうだった。

「ゴーンさんの言うリーダーの条件、リーダーはどんなに厳しい状況でも常に結果を出さねばならない。そのためには会議でも意見を述べ合うことが大切だ。第二に共感される能力が必要、これは堅苦しい、冷たいなどの印象を持たれては話を聞いてもらえない。人とつながる能力が共感である。

三番目が新しいことを常に学ぶ姿勢だ。自動車産業は転換期を迎えており、新しい技術や動きに精通し、行動していなければ、例え、どんなに結果を出すリーダーでも行き詰る。にとても刺激を受けました。ゴーンさんのいう3つのリーダーの条件を意識し、実行できる社会人を目指したい。」

まだある。

「文中にこの言葉を発見しました。『生まれながらのリーダーはいない。リーダーは周囲からリーダーと認識されないと、なれないものだ。98年に日本に来たときは懐疑的に見られていた。信頼を得たのは、従業員との対話を欠かさず、共に結果を出し、常に学び続けているからである。』、大学の先輩に言われたことを思い出しました。『社会はコミュニケーションの世界だ。自分からコミュケーションをする、しないでは、大きな違いがある。照れずに、ビクビクせず、怖がらず自分から飛び込んでいくこと、社会にはそれだけの価値があるし、とてつもなく面白い世界だ』と共通するものがあるように受け止めました。」

僕自身もゴーン氏の「私の履歴書」の最終日の言葉が印象深い。

「日産卒業後(退任後)は、日産とルノーのアライアンスを続けていることだろう。2つの企業が独立を守りつつ、部品調達や技術開発では1つの企業のように力を合わせることは可能だ。ひとつ言えることは、日産、ルノーアライアンスのトップを私一人で務めるのは、今日この時点で、最も機能する経営形態だということだ」

「次にどんな人物が日産の経営を担うのか?私がするのは、経営者にはどんな資質が必要か、を取締役会で説明することだ。誰にするのかを決めるのは、取締役会である。住む場所は1か国ということはないだろう。ブラジル、レバノン、日本、フランス、米国、それぞれに愛着があり、1国で引退するなど考えられない。色々な場所に移動していることで私は落ち着くのだ。

未来がどうあろうと、日本には頻繁に足を運んでいると思う。」

私の履歴書を読み直してみると、連載初日の17年元旦の書き出しの言葉が印象的だった。

「今、大西洋のどこかだ。高度は1万4千メートル。そう、出張のためブラジルに向かうコーポレートジェットの機内でこれを書いている・・・・。」

常に飛び回っているゴーン氏らしさが表れている言葉だ。

 

今回の一連の事件の真相はこれからだろうが、多くの経営者、ビジネスマンの期待を破ってしまったことは歪めない。

僕がよく幹部研修やリーダーシップの研修で言う言葉がある。

「最初の年は、引っ張るリーダーであれ、2年目は押し上げるリーダーであれ、3年目はバトンタッチができるリーダーであれ!」

リーダーが組織を引っ張り続けることは、組織を弱くすることだ、という意味である。

この言葉を記して終わりにします。

最も富める者は、その持てる僅かの物にて足ることを学べる人であり、最も貧しき者はその持てる多くの物にてなお不足を感ずる人である。新約聖書から