集中から夢中へ

あれよあれよと言う間に桜が散り、葉桜となり、今や新緑の季節到来です。毎年、春から新緑の季節にかけて僕は新入社員研修を行っています(一部のお客さまの新人研修は7月いっぱい続きます)。

多くの新人たちと研修を通じて接する中で、とても嬉しい言葉に接する機会がありました。GWを終え、5月の2週目のことです。
一日の研修が終え、僕が帰り支度をしているときでした。
ひとりの新人が僕の席にやって来て、
「先生、今お話してもよろしいですか!?」
彼は新人の中でも比較的大人しい男です。
特に4月の最初の頃、取り分け声が小さいので、大きな声が出せるまで、何度も何度も挨拶をやり直させた新人でした。
「田中(仮名)、どうかしたの?」と、僕が問いかけると、返ってきた新人の田中の言葉は意外なものでした。

「寺岡先生、僕は『集中』から『夢中』に変わりました!」
「え!どういう意味?」と聞くと、彼は笑顔で応えました。
「ハイ、正直にお話しすると、入社式を終えてからの毎日の研修はとても嫌でした。怖い寺岡先生から(スミマセン!でも本当なんです(笑))声が小さい!もっとキビキビ動け!もっと積極的に発言しろ!遅い!レポートがお粗末!小学生以下だぞ!…。新人たちの中でも、一番先生の厳しい叱責を受けたのが僕でした。正直、腹の底では「何でこんなことを言われなくてはいけないんだ。声が大きい、小さいだけで何がわかるんだ。他にもっと大事なことがあるはずだ。」

と、ひとりで愚痴をこぼしていました。
そんなこともあってか、研修の前半は呑み込みも人より悪く、仲間から後れを取っていました。でも、後半に入る頃から慣れも手伝って研修に実が入るようになってきました。
特に4月第四週の「自社の会社案内パンフレット制作研修」が僕にとてもいい体験になりました。

それは自分たちの後輩に当たる現在就活真っ最中の学生たちに向けた会社案内パンフレットをチーム単位で制作し、社長や幹部の方々、先輩社員の方々へ発表会形式でプレゼンをして優劣を競い合うものです。
これまでの研修のテキストをひっくり返したり、社長を始め、職場の先輩社員の方々とのインタビューを通して、少しづつ自分たちが制作するパンフレットの姿が見えてきました。

制作開始から3日目の夜でした。
もうひとつパンチが効いてない、通り一遍等の内容だ、何か欠けている…。ディスカッションで意見を出し合いながらも、疲労感が高まってきたときのことです。
僕はふと気がつきました。
それは、会社案内パンフレット制作に全神経を集中している自分の姿です。いつの間にか僕はこの会社案内パンフレット制作という課題に真剣に取り組んでいたのです。いや、のめり込んでいったという表現の方がふさわしいのかも知れません。

最初は、何でこんなことをやるんだろう?どうしてこんな面倒なことをやるんだろう? という批判めいたことを考える自分がいました。でもインタビューをしたり、これまで自分たちが学んできた研修の一コマ一コマが思い出されて来ました。
そして、この会社案内パンフレットに盛り込まなければいけないこと、絶対に学生たちに伝えたいことを見出したのです。
学生たちに伝えたいこと、と言っても一か月前の自分たちも学生だったのに、僕は急に大人、それも社会人になったような気持ちになりました。

チームの仲間に話しました。
『どうだろう!?この一か月間で俺たちはずい分成長したように思えるんだ。この一カ月間の僕らの気持ちの変化、態度の変化を会社案内パンフレットに載せないか?』
入社式のときの、期待と言うより不安でいっぱいだった気持ち、研修が始まって「声を出せ!もっと出せ!キビキビと行動しろ!考えろ!意見を言え、メモを取れ!挨拶をしろ!」とまるでここは自衛隊か?と思ったこともあった研修第一週の頃、工場への見学と実習でモノづくりの大変さを体感したこと、ダイレクトマーケティング実習という名の「飛び込み訪問大会」の初日のこと、ドキドキしながら最初の一軒目のお店に飛び込んだとき、初日の夜、僕らのチームが訪問件数最下位だったときの悔しさとショック。それも僕がチームの足を引っ張っていたこと。
チームのリーダーが「明日は僕らのチームはトップを目指そうよ!」と僕らに言い、そして「田中、明日はヒーロー目指そうぜ!」と笑顔で声をかけてきたときのこと。

恥ずかしい気持ちと共に同期の仲間の熱い言葉に涙ぐんでしまったこと。それからの僕たちは、夢中になって会社案内パンフレット政策に没頭しました。
そうなんです。
必死ではないのです。夢中になって制作したんです。
会社の研修室は21時までしか使えませんでしたので、それぞれが自宅や寮に持ち帰り、自分の分担分を仕上げ、発表会の朝、それも8時前に会社へ来て全員の分担分を点検し、ひとつの会社案内パンフレットを期限の午前10時前に完成させたんです。
結果として、僕らのチームは優勝は逃しましたが、達成感がありました。

やり遂げた、という達成感です。
何よりも僕自身が変わりました。
「夢中」という成果を手にしたように思います。
「意味」は教えてもらうものでなく、「自分で見出していくもの」ということを学んだように思います。
研修はまだまだ続きますが、社会人になった意味が少しわかったように思います。ありがとうございました!」

逞しさを加えた田中が自チームの席に戻って行きました。
若者の成長を今年も体感できました。
「頑張れ!全国の田中くんたち!」